説教 聖なる神殿

エフェソの信徒への手紙2章14〜22節

牧師 橋爪忠夫

 エフェソの信徒への手紙はパウロからエフェソの教会に宛て送られた手紙です。手紙というのであれば、それを受け取った人々は、当然その送り主がいったい何を言いたいのかということを何よりも読み取ろうとするのではないでしょうか。枝葉末節にとらわれずに、その中心点をつかまねばなりません。それをするためには、この手紙を繰り返し読まねばならないでしょう。これまでの教会の多くの信徒たちがこの手紙を読み、その中心点は以下にあると読み取って来ました。「神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です」(1章22〜23節)が要点であると。つまり神がキリストをこの世に送り、キリストを通してなさったみ業は「キリストの体なる教会」に集約されるということです。しかもそれは、すべてにおいてすべてを満たしておられる方が満ち満ちているものであるならば、この教会についてただ一口にキリストの体だと言えば、それで十分だということではないでしょう。教会は内容豊かであり、決してひとことで言い表わせるものではありません。従って、この教会とは、福音書において主イエスが「神の国」について、たとえば種蒔き人、からし種、婚宴や晩餐会のような実に数多くのたとえで表わしたと同じように、内容豊富で様々な言い表わし方ができるものです。
 この手紙の2章14節以下にも教会を表わす様々な表現があります。「一人の新しい人」、「一つの体」(15、16節)もそうですし、「神の家族」、「聖なる民に属する者」(19節)などはいずれも教会というものの豊かな内容を表わしています。中でもここで注目したいのは「あなたがたは、……聖なる神殿」(21節)という表現です。想像してみると、多分エフェソの教会の人々はこれを聞いて、耳を疑うほどの驚きがあったのではないでしょうか。「キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まい〔神殿〕となるのです」(22節)は一驚に価するものだったでしょう。

 と言うのは、当時の彼らが神殿ということでもっていたイメージを思い出せばわかるのではないでしょうか。私は数年前に聖地旅行の途上、一日を現在のトルコにあるこのエフェソの遺跡を訪ねたのを思い出します。それは都市規模の壮大な遺跡でした。石造りの建物が立ち並ぶ遺跡で、ローマ帝国時代の繁栄ぶりがしのばれます。野外劇場、アゴラ(市場)、浴場、図書館他、見るものを往時に誘う遺跡群です。その中でも、エフェソの町の守護神アルテミス神殿は、小高い丘の上にあり、市のどこからも望める立派なものであったと言われています。かつてこの町でパウロが伝道した時、騒動がもちあがったことが、使徒言行録の19章に記されています。その一節にこの町の人々が「偉大な女神アルテミスの神殿もないがしろにされ、アジア州全体、全世界があがめるこの女神の御威光さえも失われ」(27節)という言葉があります。ここに女神アルテミスが宿る神殿がいかに立派でアジア、いや全世界に威光を放つ全く別格の建物であるということがよく表われています。そういう神殿についてのイメージをもっていた当時のエフェソの教会の人々にとって、その自分たちこそが、パウロをして言わせれば、「聖なる神殿」だという言葉に驚きと戸惑いをもったことは想像に難くありません。当時の彼らは多分、それほど目立つ教会堂をもっていない、何よりもこの言葉は建物ではなく、あなたがた自身が、そのキリストを中心とする集まりが聖なる神殿だと言われていることに、それまではなかった驚きを感じたことでしょう。そして自分たちが集う教会を、神はそれほどまでに尊ばれているのかと思ったことでしよう。
 いったいあのエフェソで偉容を誇るアルテミス神殿ではなく、一握りのコリントの教会の集いが、聖なる神殿と言えるのか、それが決して誇大表現でないとどうして言えるのでしょうか。

 それは主イエス・キリストのみ業が実にその一点に集中して、まさにそれまでの神殿と言われるものに対して根本的な変革だったからです。ひと口に言えば主イエスの死人よりの復活です。主イエスはかつてエルサレム神殿で、ご自分がなさろうとすることを狂気沙汰と見まがうユダヤの群衆の前でこう語りました。「『この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。』それでユダヤ人たちは、『この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか』と言った。イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、…イエスの語られた言葉を信じた」(ヨハネ2章19〜22節)教会とはこの主イエスの復活した体という神殿なのです。そこには死をもとどめることのできないキリストの復活の命が溢れ、しかもパウロの言うように、不断に「組み合わされて成長する」活力を秘めています。

 さらに少し宗教の立場から神殿というものが、ごく素朴に言って、どういう役割をはたしているかを思い出してみましょう。何も昔のエフェソやエルサレムだけではなく、私たちの国にも神が居ますという神社や神の宮が古くからあります。これらは宗教的な意味である意味をもったメッカです。宗教学者は、そこでその社会や集団、さらにはその世界の死と再生が祭られるというように言います。その社会や国の源に戻り、再出発の原点に立ち戻るところ、たとえば私たちの国で年々の初詣でを思い出せばよいでしょう。つまりその社会の共通の始源に立ち戻り、そこから再出発を期するのが神殿の存在理由です。それならば本当に再出発を促す源はどこにあるのでしょうか。主イエスは他のどころではなく、ご自分の死よりの復活にこそその源があり、その復活の体に触れ、それを囲み、共にこの復活の主と交わるところ、キリストの体なる教会こそ、まことの神の聖なる神殿にされました。それこそパウロを動かし、エフェソの教会の人々を鼓舞するメッセージでありました。