聖書研究と祈祷会

毎週水曜日 朝10:30〜12:00 夜19:30〜21:00

どうぞ、どなたでもご参加ください。

ヨブ記7章

 2004年の4月から水曜日の聖書研究ではヨブ記を連続して学んでいます。このヨブ記の紹介をかねて、7章の聖書研究を短くここに記します。

 まずヨブ記の概略を簡単に紹介しますと、ヨブ記は他の旧約の文書が多くは、旧約のそれぞれの歴史的時代背景に根ざして語られているのに対して、むしろそれを超えていつの時代にも当てはまるような一種の文学作品、あるいは「読み物」という観があります。ヨブという人が実在したかどうか、彼の苦悩が歴史的事実であるかどうかは必ずしも第一の問題ではありません。それよりも、主なる神とサタンの論議に由来してヨブに突然臨む災、それはまたたく間に財産と 子どもたちを奪われ、また彼自身もたちの悪い病に冒されながら、この世の悪について、それが起る理由をどこまでも問い、更にこの世に神の正義があるか、あるいはそれまでの神観念が正しいのかを極限に至るまで問い直すということをテーマにしています。このヨブの論議が深まるためにヨブの三人の友人、テマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルが登場し、それまでのユ ダヤで共有された、悪や神の正義、あるいは神の観念についての知恵が披瀝され、雄大な対話がなされますが、それらにヨブを納得させるものが見出せません。そういう中で更にヨブは深く苦しみ、呻吟の声をあげています。

 7章1〜6節でヨブは自分の人生が自分の人生のようであって実は自分のものでない、つまり自分から疎外された人生の現実を訴えています。「この地上に生きる人間は兵役にあるようなもの。奴隷のように日の暮れるのを待ち焦がれ、傭兵のように報酬を待ち望む。……わたしの一生は機の梭よりも速く、望みもないままに過ぎ去る」と。
 7〜10節では更に深い絶望の吐露が続きます。特に人の命の糸を握る神が、自分にもう一度憐れみと恵みを見せようとしても、時すでに遅しというところまで自分が追い詰められていると訴えます。「わたしの目は二度と幸いを見ないでしょう。わたしを見ている目は、やがてわたしを見失い、あなたが注がれても、わたしはもういないでしょう。人も陰府に下れば、もう上ってくることはない」
 そして10〜21節で彼は神に対して激しく訴えかけます。「人間とは何なのか。人を見張っている方よ、わたしが過ちを犯したとしても、あなたにとってそれが何だというのでしょう」と。まるで神に食いつかんばかりの激しさで問いかけています。


洗足教会牧師 橋爪忠夫

 

 

Ilya Repin.  Job and His Friends.

1869. Oil on canvas. The Russian Museum, St. Petersburg, Russia.

ヨブ記 7章

(1)この地上に生きる人間は兵役にあるようなもの。
傭兵のように日々を送らなければならない。
(2)奴隷のように日の暮れるのを待ち焦がれ
傭兵のように報酬を待ち望む。
(3)そうだ
わたしの嗣業はむなしく過ぎる月日。
労苦の夜々が定められた報酬。
(4)横たわればいつ起き上がれるのかと思い
夜の長さに倦み
いらだって夜明けを待つ。
(5)肉は蛆虫とかさぶたに覆われ
皮膚は割れ、うみが出ている。
(6)わたしの一生は機の梭よりも速く
望みもないままに過ぎ去る。

(7)忘れないでください
わたしの命は風にすぎないことを。
わたしの目は二度と幸いを見ないでしょう。
(8)わたしを見ている目は、やがてわたしを見失い
あなたが目を注がれても
わたしはもういないでしょう。

(9)密雲も薄れ、やがて消え去る。
そのように、人も陰府に下れば
もう、上ってくることはない。
(10)再びその家に帰ることはなく
住みかもまた、彼を忘れてしまう。
(11)わたしも口を閉じてはいられない。
苦悶のゆえに語り、悩み嘆いて訴えよう。
(12)わたしは海の怪物なのか竜なのか
わたしに対して見張りを置かれるとは。
(13)「床に入れば慰めもあろう
横たわれば嘆きも治まる」と思ったが
(14)あなたは夢をもってわたしをおののかせ
幻をもって脅かされる。
(15)わたしの魂は息を奪われることを願い
骨にとどまるよりも死を選ぶ。

【旧約・784頁】
(16)もうたくさんだ、いつまでも生きていたくない。
ほうっておいてください
わたしの一生は空しいのです。

(17)人間とは何なのか。
なぜあなたはこれを大いなるものとし
これに心を向けられるのか。
(18)朝ごとに訪れて確かめ
絶え間なく調べられる。
(19)いつまでもわたしから目をそらされない。
唾を飲み込む間すらも
ほうっておいてはくださらない。
(20)人を見張っている方よ
わたしが過ちを犯したとしても
あなたにとってそれが何だというのでしょう。
なぜ、わたしに狙いを定められるのですか。
なぜ、わたしを負担とされるのですか。
(21)なぜ、わたしの罪を赦さず
悪を取り除いてくださらないのですか。
今や、わたしは横たわって塵に返る。
あなたが捜し求めても
わたしはもういないでしょう。

(聖書、讃美歌は、教会に用意してあります。どなたでも御参加ください。)